孤独死の特殊清掃はどこまで必要?経年劣化と善管注意義務の境界
賃貸住宅で孤独死があったあと、ご遺族や連帯保証人の方から「特殊清掃は本当に必要なのか」「原状回復はどこまで負担することになるのか」というご相談をいただくことがあります。判断がつかないまま、費用の話だけが先に進んでしまうことも少なくありません。
この記事では、特殊清掃が必要かどうかは何で決まるのか、経年劣化と善管注意義務はどう違うのかを、国土交通省が公表している資料と、あぐりが広島の現場で見てきたことをあわせて整理します。負担の範囲そのものを決めるのは貸主と借主の協議ですが、何を基準に話が進むのかが分かれば、迷う時間は短くできます。
特殊清掃が必要かどうかは、どこで決まるのか
国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)では、特殊清掃を「孤独死などが発生した住居において、原状回復のために消臭・消毒や清掃を行うサービス」と説明しています。言葉の定義そのものは示されています。
一方で、室内がどの状態になったら特殊清掃に該当するのか、という線引きまでは示されていません。あぐりが国土交通省へ直接問い合わせた際には、体液を拭き取る作業やオゾン燻蒸だけの施工であっても特殊清掃に含まれる場合があるという説明で、施工方法や施工内容の整理は追いついていないという話でした。
つまり、特殊清掃に該当するかどうかは、作業内容だけで一律に決まるものではなく、現場の状態や必要な対応内容を踏まえて判断されます。この幅が、不要な施工をすすめる業者にも、必要な施工を不要だと言う業者にも、根拠らしきものを与えてしまっています。
あぐりが見ているのは、臭気がどこまで入り込んでいるか
年末に見積りの依頼をいただいたゴミ屋敷の現場では、発見までが数日で腐乱状態ではなく、厳冬期だったこともあり腐敗臭はありませんでした。この状態だけを見れば、孤独死そのものによる特殊清掃は必要のない現場だったとあぐりは考えています。
ただし、吐しゃ物と排泄による汚れが床のどこまで達しているかは、家財とごみを運び出してみないと分かりません。この現場ではごみによる臭気が強く、床材への影響が懸念される状態でした。最終的には、隣室の方が退去されるほどの臭気が出ていたことから、臭気除去は必要な現場だと判断しています。
「数日で発見された」「冬だった」という条件だけでは、特殊清掃が要るか要らないかは決まりません。運び出したあとの床の状態と、室内に残っている臭気の程度を見ることになります。
経年劣化と善管注意義務は、別のもの
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(平成23年8月)では、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。同じガイドラインは、原状回復とは入居時の状態に戻すことではない、とも明記しています。
汚れや傷みが経年変化や通常の使用によるものだけであれば、特約が有効である場合を除き、借主がその費用を負担することにはならない、という整理です。
この定義のなかで、経年劣化と善管注意義務違反は別々のものとして置かれています。負担の境界はこの二つの区別の上に引かれますが、あぐりの現場でも、両者が同じものとして話が進んでいる場面をたびたび見かけます。
経年劣化として扱われるもの
あぐりでは経年劣化を、日常生活で衛生的な環境を整えている状態で、それでも避けられずに進んでいく劣化のことだと考えています。
たとえば、リビングの窓際のフローリングが、カーテンの隙間から入る直射日光を受けて変色していく。こうした変化は、住み方でどうにかなるものではありません。
善管注意義務が問われるのは、気づいて放置した場合
善管注意義務は、借りている部屋を日常的に清潔な状態に保つことと、建物や設備の異常に気づいたときに管理会社やオーナーへ知らせることを求めるものです。多くの賃貸借契約書に書かれています。
上階からの水漏れ、床下からの異臭。こうした異常を放置すると、クロスにカビが出たり、床板が腐食したりと、被害は広がっていきます。初期の段階であれば設備の修繕は貸主側が負担するものですが、放置した結果として広がった損害については、借主の責任を問われることがあります。隣室や階下まで被害が及べば、迷惑という言葉では済まなくなります。
戸建ての賃貸では、この義務の範囲は室内にとどまりません。庭木が伸びて枯れ葉が雨どいを詰まらせ、雨漏りにつながることがあります。損傷の危険が予見できる場合には、管理会社やオーナーへ知らせておくことが求められます。逆に、知らせてあれば、隣家に損害が出たとしても入居者の責任はその限りではないと聞いています。庭木や雑草が家屋に与える影響は、空き家の庭木・雑草を放置するとどうなる?家屋への影響と伐採費用の考え方で扱っています。
「6年住んでいたから経年劣化」は成り立つのか
県外にお住まいのご遺族から、年末に見積りの依頼をいただいたことがあります。前日に葬儀社から紹介された別の業者が見積りを済ませており、その業者から「6年間住んでいれば経年劣化が適用できるので、臭気除去は不要」という説明を受けていた、という経緯でした。ご遺族はその説明に納得がいかず、別の見方を聞きたいということでした。
この「6年」という数字は、まったくの出まかせではありません。原状回復のガイドラインでは、壁のクロスについて、6年で残存価値が1円となるような線を想定して借主の負担割合を算定する、という考え方が示されています。年数が経つほど、クロスの張り替え費用のうち借主が負担する割合は下がっていく、という意味です。
ただし、これはクロスの負担割合の話です。臭気除去が要るか要らないかを決める数字ではありません。6年住んでいたことを理由に、床に染み込んだ汚れや室内に残った臭気がなかったことになるわけではありません。
先ほどの現場についても、その業者が言う意味での経年劣化が認められる状態ではなかった、とあぐりは考えています。
該当するかどうかを決めるのは、業者ではありません
賃貸借契約書には、原状回復について貸主と借主で協議する旨が書かれていることがあります。この現場の契約書にも、協議という言葉が明記されていました。前の業者の説明で引っかかったのは、見立ての中身よりも、「経年劣化が適用される」と断言してしまった点でした。
それはあぐりも同じです。経年劣化にあたるかどうか、原状回復費用がどこまでかは、遺品整理業者や特殊清掃業者が立ち入って決める話ではありません。現場がどういう状態かを説明することはできますが、決めるのは貸主と借主、そのあいだに立つ管理会社です。
経年劣化として扱われにくいと感じている状態
あぐりが現場で見てきたなかで、管理会社やオーナーが目にすれば経年劣化とは判断されにくいのではないか、と感じている状態をいくつか挙げます。いずれも、そう判断されると決まっているわけではありません。
- ユニットバスの継ぎ目のコーキングの深部までカビが繁殖している
- 便器に尿石や糞石が堆積している。過去には厚みが15mmに達していた現場もありました
- クッションフロアに染み込んだ汚れが床板まで達している。体液や排泄物、腐敗して液状化したものが原因の場合、除去しなければ臭気は残ります
- 喫煙が禁止されている物件でのたばこの臭い、ペット不可の物件でのペットの臭い
- ごみが堆積し、腐敗した食品などが床に染み込んでいる
後半の二つは、契約で禁じられていたことや、ごみを決められた日に出していれば起きなかったことです。多くの賃貸借契約書では、経年劣化が適用されないのは「故意」または「重度の過失」による場合とされています。
逆に、フローリングのワックスが落ちている、家具を置いていた場所とそれ以外で床の色が違うといった状態は、居住年数によっては原状回復費用を求められないこともあると考えています。床下や床材の傷みそのものについては、空き家整理で要注意!床の腐食リスクとプロが行う対策で扱っています。
原状回復をめぐって実際に起きていること
オーナーが変わったあとに請求された
入居35年の共同住宅で、お母さまを亡くされたご遺族からのご相談です。その建物は売買によってオーナーが何度か変わっており、亡くなる5年前に、新しいオーナーとのあいだで契約を結び直していました。
退去から半年後、オーナー側から「5年前の契約だから経年劣化は認められない」として、畳や襖、壁紙の修繕費が請求されました。35年住んだ部屋の畳の傷み方としては常識の範囲だとご遺族は感じておられ、あぐりも同じように受け止めています。訴訟を検討されるところまで進みましたが、協議の結果は常識に沿ったものに落ち着いたと聞いています。
オーナーが変わって契約を結び直す場合は、記載事項や特約を確認しておいたほうがよい、という話です。長く住んでいる部屋ほど、契約書は入居当時のまま、という思い込みが生まれやすくなります。退去したあとも、契約書は残しておくことをおすすめします。契約書のどこを見るか、設備備品とサービス品の区別といった退去手続きの実務は、遺品整理・特殊清掃で失敗しない!賃貸退去時に確認すべき重要ポイントで扱っています。
不在のあいだに起きたこと
広島市内の公営住宅1階での出来事です。便器から汚水が逆流し、床一面が汚水にまみれ、一部は玄関から共有部にも流れ出していました。当初は、詰まったまま水を流したのだろうと決めつけられ、補償の話をされていました。
しかし入居者の方は入院中で、トイレを使用していませんでした。無人の状態で起きたことから、1階の汚水管より下、地中部分の詰まりが原因で、上階の水圧によって逆流したものと判断されています。立場は変わりましたが、責任の所在がはっきりせず、正式な退去までに半年かかりました。汚れの状態だけを見て負担者が決まるわけではない、という例です。
経年劣化に見える状態に高額の請求が来た
広島市内で生前整理の見積りにうかがった現場です。ゴミ屋敷でも孤独死でもなく、衛生的な環境を保って30年間過ごされた室内でした。天井のクロスの継ぎ目がわずかに剥がれ、浴槽のコーキングに若干のカビがある程度で、生前整理や遺品整理の現場では珍しくない状態です。
それでも管理会社からは善管注意義務を主張され、退去時に100万円以上の原状回復費が発生すると告げられていたそうです。背景に別の事情があるのかは分かりませんが、うかがった話のとおりであれば、あぐりには納得のいく請求には見えませんでした。
根拠のはっきりしない請求が届くことがある
管理会社によっては、顧問弁護士の名前で、法律的な根拠がはっきりしない損害請求を出しているところもあると聞いています。支払う遺族がいれば、という程度の請求です。
ご親族を孤独死で亡くされた直後、精神的に追い詰められている状態で弁護士名の入った書面が届けば、冷静に判断するのは簡単ではありません。あぐりも、そうしたご相談をいただくことがあります。
金額に納得がいかないときは、その場で結論を出さないことです。信頼できる方がいればまず相談し、落ち着いてから弁護士への相談を検討しても遅くはありません。請求された金額が妥当かどうかを見るときの考え方は、遺品整理・特殊清掃の見積りは何を見る?時間と料金が変わる条件で整理しています。
判断に迷ったときに確認できること
あぐりには宅地建物取引士が在籍しています。賃貸の解約退去では管理会社との認識の違いからトラブルになることがあり、見積りの段階で契約書の退去時の手続きを一緒に確認できるようにしているためです。
地域の管理会社からのご依頼もあり、その関係でオーナーの方とやり取りする機会もあります。取引のある管理会社やオーナーの方々は、賃貸借契約書に沿って、社会的な常識の範囲で原状回復を求められることがほとんどです。ここまで挙げたような請求は、あくまで一部で起きていることです。
また、孤独死で負担を抱えるのはご遺族だけではありません。連帯保証人の方が亡くなっていたり、連絡がつかなかったり、相続放棄が選ばれたりすれば、費用を負担するのはオーナー側になります。
そのうえで、費用の話が進む前に確認しておけることがあります。
- 賃貸借契約書の、原状回復に関する記載と特約
- 室内のどこに、どの程度の汚れや臭気が及んでいるか
- その状態が、日常の管理で避けられたものかどうか
- 家財保険に付帯している保険が使えるかどうか
最後の一つについては、万が一に備える!特殊清掃で使える保険と注意点で扱っています。
現場がどういう状態で、どこまでの作業が必要かの説明は、あぐりでもできます。負担の範囲を決めるのは協議ですが、判断の材料は先に手元にあったほうが落ち着いて話せます。迷われている段階でも、見積りの際にお尋ねください。